個体情報
・ホルスタイン♀経産牛
・分娩後130日以上経過、授精歴なし
・分娩後、真菌性乳房炎や数日間にわたる起立不能(筋炎、関節炎など運動器由来と考えられた)など診療歴が現在まで断続的に重なっている
・過去にセフェム系抗生剤に対するアレルギー反応(眼瞼の腫れ、体表の湿疹など)が確認されている
・ドナー候補として過排卵処置を行うために直腸検査をしたところ、膀胱壁の肥厚・硬結および膀胱内に多数の高エコー構造物の浮遊が認められた(処置は一旦中止とした)
・採食量、乳量に著しい変化はなし
つまり一般状態にこれといった変化はなく、エコーを用いた直腸検査によって偶発的に発見されたのが今回の症例です。
諸検査の結果
まずはエコー画像から
①膀胱



初診日→2日目→3日目
初診日には膀胱内に高エコーの細かい浮遊物が多数認められ、膀胱壁も厚いところでは1cm弱まで肥厚しています。この時点で膀胱炎であることが示唆されます。
数mm大にいたる結石はみられませんでした。
初診日には特に治療をしていませんが、2日目にはほとんど浮遊物は映らなくなりました。
②腎臓


初診日→2日目
腎臓に結石や炎症はなさそうです。
腎盂・腎杯の拡張もみられないことから、腎機能に支障をきたしている可能性は低めです。
外尿道口から膀胱に向けてスコープを挿しこんでみます。(↓動画あり)
初診日
初診日には白くフワフワとした浮遊物が確認できます。これが高エコーに写っていたものの正体でした。結石というよりまだ結晶の段階にとどまっており、大きな腫瘤や出血は見える範囲にはありませんでした。
5日目に同様に観察したところ、浮遊物がほとんどありませんでした。

撮影中の様子
現場で行った尿検査では、
初診日→pHが9overと強アルカリ性
2日目→弱酸性(正常)
3日目→弱酸性(正常)
を示しました。
こちらの結果についても、初診日には特に治療をしていないにもかかわらず2日目には正常な結果へと戻っています。
次に血液検査結果です。

初診日
腎機能の異常を示すような結果は出ませんでした。
グロブリンが上昇していますが、この牛は慢性的に種々の炎症を繰り返している牛なので、今回の疾患に起因する変化であるとは言い切れません。
さて、持ち帰った尿を遠心してみます。



初診日→2日目→3日目
初診日には通常と比較して明らかに多量の沈渣が得られました。
遠心後に上清を捨て、底にわずかに残った尿と沈渣を撹拌したものを直接鏡検してみました。
①100倍



②400倍



沈渣を含む尿を直接鏡検すると、ストルバイト(リン酸アンモニウムマグネシウム)と思しき結晶が映りました。
特に初診日の尿では、沈渣付近の尿を実際にマイクロピペットで吸い取ってみると、ザリザリとした砂のような白い沈渣が含まれているのがわかりました。
結晶の大きさは日を追うごとに小さくなっているのがよくわかります。
さらに、尿を血液寒天培地に塗って一晩培養してみます。
①初診日


コロニーだけ見ると乳房炎でよく見る大腸菌のようですが、今回はスウォーミングが明らかに認められました。染色すると、グラム陰性桿菌が観察されました。
・グラム陰性桿菌
・膀胱炎の原因菌となりうる→Corynebacterium属菌、腸内細菌が主力
・尿がアルカリ性に傾く=細菌によるウレアーゼ産生→尿中アンモニア増加 が予想される
・スウォーミングがみられる
ということは、ヒトの腸内細菌を原因とする尿路感染症ではE.coli、Klebsiella属菌に次いで多いとされているProteus属菌である可能性が非常に高いと考えられます。
さらに、薬剤感受性試験では

βラクタム系の抗生剤にも感受性を示しました。
大腸菌など腸内細菌の大部分はβラクタマーゼを産生することで、ペニシリンといったβラクタム系の抗生剤に耐性を示します。
しかし、尿路感染症の原因となる代表菌種であるProteus.mirabillisはβラクタマーゼを産生しないものが多く、今回の菌はP.mirabillisである可能性が最も高いと結論づけられました。
②2日目


なんと、初診日とは打って変わってCNSが綺麗に培養されました。
初診日は検査のみで特に治療はしていないので、なぜこのような変化が起きたのか不可解です。
③4日目

抗生剤投与を開始して2日目の尿には全く菌が検出されませんでした。
症例を考察
ここまでの検査結果を通して、今回の症例に関しては
もともと慢性炎症を繰り返しており、免疫が低下していた
→腸内細菌の上行感染により日和見的に細菌性膀胱炎を発症した
→原因菌のP.mirabillisがウレアーゼを産生し、尿中尿素を分解してアンモニアを産生した
→アンモニアの増加により尿pHが上昇し、アンモニアが尿中のリン・マグネシウムと結合してストルバイト結晶が形成された
→感染状況としては軽症だったため結石形成までには至らず、臨床症状も不明瞭であった
→特に治療をしなかったが、牛自身の免疫が功を奏して原因菌の増殖が落ち着き、結晶が消失した
→元々混合感染していた環境菌であるCNSが優位に増殖した(乳房炎で、耐性の強い細菌感染が落ち着いたあとに環境菌が検出されるときと同じ?)
という流れが推測されました。
腎不全による電解質異常などが発生していれば輸液療法なども考えますが、
現時点で牛の状態は病気とはっきりわからないほど変化がないため、
膀胱内の感染を落ち着かせ、これ以上事態が進行して結石などができないように抗生剤の全身投与を5日間行いました。
尿路感染症の場合は、抗生剤治療に対する反応がよく、細菌の消失や症状の軽減が早い傾向にありますが、すぐに治療をやめると再発しやすいと考えられています。
そのため、今回も特に治療せずとも原因菌と考えられる細菌は検出されなくなりましたが、5日間1クールでしっかりと全身投与をおこないました。
普段和牛の診療をする機会がなく、尿路結石治療薬(塩化アンモニウム製剤)を常備していませんでしたが、幸いにも結石が形成されることなく今回の症例は治癒となりました。
偶然発見された“膀胱炎以上尿石未満”といった状態でしたが、
この牛のように、臨床症状を示さないために気づかれないまま自然治癒するケースは意外と存在するのかもしれない、と今回の症例を通して知ることができました。
治療が本当に必要なのかどうかはさておき、なんだか牛の調子が不安定だな感じたときの可能性の一つとして覚えておきたいと思います。
今回もお読みくださりありがとうございました!
往診中のひとコマ

一度妊娠鑑定+が出ていた妊娠70日程度の牛に発情兆候ありとのことで見に行ったところ、外陰部から胎盤の一部の様な紐状のものがぶらさがっているのを発見。
膣内に手を入れたところ、綺麗に胎胞に包まれた流産胎子がぽろんと出てきました。
結果としては残念ですが、非常に貴重なものを見させていただきました。

社員一同待ちに待った、待望の仔猫ちゃんが産まれました。今回は3匹!

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