前回の更新から少し時間が空いてしまいました。
お久しぶりです!獣医師の渡邉佳和子です。
今回は、弊社では実施頻度の高い乳房洗浄について、その基本的な方法をご紹介します。
必要なものさえ揃えば、獣医師でなくても実践可能かもしれません!参考になれば幸いです。
目的について
まずは大事な「目的」についてご説明しておきます。
時間も手間もかかる、臨床現場では避けられがちな乳房洗浄を何のためにやっているのか?
それは、「抗生剤の効果を最大限に発揮させるため」です。
乳房炎の治療には一般的に乳房炎軟膏が使われますが、それだけでは治りきらないこともしばしばです。その理由として、軟膏が組織深部まで物理的に行き届かないから・そして搾乳後とはいえ乳房内には多量の菌と、重度乳房炎の場合は排出できなかった乳汁が残っており、抗生剤の効果が不十分となってしまうから、ということが大きいと考えます。
乳房洗浄は、洗浄そのものに効果があるというよりは、「できるだけ乳房の中の菌や残留乳汁を取り除くことで、その後に注入する抗生剤の効果を最大限に発揮させよう」という目的のもと行っています。
治療行為自体に時間はかかりますが、抗生剤を必要とする日数=牛乳を出荷できない日数を減らすこと、そしてトータルでの使用薬剤量を減らすことで薬剤耐性菌の出現を抑えることを狙いとしています。
乳房洗浄の方法について
さて、ここからはB分房(左後ろ)が大腸菌性乳房炎になってしまった牛の乳房洗浄を例に乳房洗浄のハウツーをご説明します。
・準備するもの
①S字フック(orひも)
②点滴チューブ
③ミルクカニューラ
④目玉クリップ
⑤生理食塩水(1ℓ×2〜3本)
⑥原因菌が感受性を示す抗生剤
⑦アルコール含浸綿
⑧ポストディッピング剤
⑨10ℓバケツ

・手順
①:しっぽを洗浄乳房と左右反対側に寄せて留める(画像ではしっぽ紐を大腿部に巻くことで簡易的に保定しています)。よく動く牛の場合は頭も正面に軽く保定する。

↑左後ろのB分房が今回の洗浄乳房です。右後ろのD分房と比べてかなり腫れ上がっています。
②:S字フックに生理食塩水(温めておく)をひっかけ、点滴チューブをつなぎ、洗浄乳房と左右同側の大腿部にチューブの途中部分を目玉クリップで固定する。

↑途中部分をループ状にクリップで固定することで、チューブの重みでカニューラが抜けることと、チューブが途中で折れ曲がることを防げます。
③:アルコール綿で洗浄乳房の乳頭を拭き、バケツに前搾りしてからミルクカニューラを挿入する。挿入したカニューラから乳汁が出てくる場合は、出なくなるまでバケツに回収してから点滴チューブをつなぐ。

↑前搾りした黄色水様の乳汁。手搾りでも出は悪く、カニューラを挿れても乳汁は出てきませんでした。
④:生理食塩水を流す。途中で優しく加圧して入れてもOK。

↑注入中の様子
⑤:1ℓ入ったら、チューブの中が空になる前に容器を乳房より下に下ろし、液体を逆流させて回収する。


↑回収中の様子。皆さんお馴染みのサイフォンの原理です。
⑥:液体が戻ってこなくなったら一度クランプを閉め、チューブを次の生理食塩水(⑤の間にS字フックにかけておく)につなぎ替え、クランプを開けてチューブに残った液体をバケツに回収する(乳房内から戻ってきた汚い液体を再び乳房内に戻さない)。
⑦:④〜⑥を2〜3ℓ分行ったら、最後は抗生剤を混ぜたものを1ℓ注入する。
⑧:抗生剤入りの洗浄液が入り切ったら⑤と同様に回収し、乳房内に400〜500ml残った状態まで回収できたら終了。

↑左から1本目、2本目、3本目の回収液。1本目は乳房に残留していた乳汁も混ざって出てくるので、2本目よりも量が多く濁りが強いです。3本目にはマルボシルを5ml混ぜた5%ブドウ糖液を使用し、550mlほど回収したところで終了しました。
⑨:カニューラを抜き、4乳頭全てにポストディッピング剤を浸漬させる。
⑩:①⑥でバケツに回収した乳汁は、バーンクリーナーのできる限り下流に廃棄する。
基本的なことは以上になります。
TK-Lab.流の洗浄液回収方法
ここからは、⑤〜⑥でご説明した弊社オリジナル(たぶん)の洗浄液回収方法について、その利点を挙げてみます!
<ここが便利!ほぼ無菌的洗浄液回収法>
①牛も人もストレスが少ない
→従来のように、バケツ片手にカニューラから出てくる液体を受け止める方法と比較して、牛は「ずっと足元に人がいるストレス」・人は「蹴られるリスクの高い場所で片腕を伸ばしながら牛の動きに合わせて屈み続けるストレス」から解放されます!常に手を添える必要がないため、ちょっと他の作業(近くにいる牛と同時に乳房洗浄や採血、ゴミの片付けなど)もできます。
②回収液の量が明確
→乳房洗浄を行っていると、重度乳房炎で乳腺組織の瘢痕化が進んでしまっている場合は、入れた液量が全て戻ってくるわけではないことがわかります。また、乳房内に乳汁が溜まっていた場合、1本目の回収時には1ℓ以上戻ってくることもあります。容器には液体量を示す目盛りがついているので、どのくらい液体が回収できたかを確認することができ、回収量の変化からも乳房炎の治癒度合いを判定できます。
③回収液が周辺環境を汚染しない
→容器〜チューブ〜乳房内のみを液体が行き来することになるため、牛が動いてバケツで回収液を受け止め損ねたときのように、菌を含む回収液が周囲に飛び散って他分房・他牛に乳房炎がうつってしまうリスクをなくすことができます。また、理論上は回収液に含まれる菌=乳房内に存在していた菌のみということになるので、洗浄の効果を確認したい場合は、容器から少しだけ回収液を吸い出し培養することで、洗浄液中の菌数変化を調べることもできます。
特に①は誰にも共通して実感できる利点だと思います。
糞尿をかけられながらバケツで一生懸命液体を受け止めている方、出てくる液体を牛床に垂れ流している方、この方法をとってみてはいかがでしょうか?
ただし、この方法だと細いチューブに乳汁中のブツが引っかかって通らないのでは?とお思いの方もいらっしゃるのではないでしょうか。
以下の動画をご覧ください(再生ボタンをタップ)。
このように、意外と大きなブツもスルッと通るのです。
あまりにもブツが大きかったり量が多い場合は、

こんな風に点滴管をポンプのように利用して加圧することで、出口に詰まったブツを押し出すこともできます。
カニューラやチューブを通る時点で何度も引っかかってキリがない場合は、諦めて手搾りで回収することも偶にあります…ちなみにそのような乳房炎は、TPが原因菌であることがほとんどです。
いかがでしたでしょうか?現時点で私たちが日常的に行っている乳房洗浄の、ほとんど全てについてご紹介しました!乳房炎治療のヒントとなれば幸いです。
今回もお読みくださりありがとうございました。
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