牛たちが教えてくれること(後編)

はじめに

前編に引き続き、獣医師4年目の私が日々の現場で牛たちから教わった、身近な気づきを共有させていただきます。

後編もどうぞお付き合いください。

前編はコチラ

経産牛は、若牛には戻れない

経産牛とはその名の通り、分娩〜泌乳を経験した牛のこと。若牛とは、それらをまだ経験していない牛のこと(未経産牛ともいいます)。
そして経産牛はさらに、初産牛(1産しかしていない牛)とそれ以外の親牛(2産以上した牛)に分けられます。
なぜなら、未経産牛・初産牛・親牛で、餌の内容、使っていい薬、なりやすい疾患など…酪農家さんだけでなく、獣医師にとっても重要な性質の違いがたくさんあるからです。
しかし今回はそんな細かいお話は一旦置いておいて、実際の写真をご覧ください。

見比べてみていかがでしょうか。年齢からくる体格差はもちろんですが…
毛艶、皮膚や筋肉の張り、目の輝き。分娩経験が多くなるほど、元は備わっていたそれらが失われていくことがよく見て取れると思います。これは単純な加齢だけでは説明できないと私は考えます。280日間お腹の中で子を育て、分娩し、分娩前後の急激な身体の変化や病気に耐え、長い場合は3〜400日間もミルクを作り出すことは牛たちの見た目を大きく変えてしまうほど大変過酷なことであり、確実に牛たちの身体から色々なものを奪っていることが感じ取れます。そして分娩を経験した牛は、それを経験する前の身体に二度と戻ることはないのです。

しかしこれは、牛だけに言えることでしょうか?もちろんヒトにとっても同じだと想像するのが自然なことだと思います。出産とその前後の母体への負担は、女性の身体や精神に不可逆的な変化をもたらし、出産を経験していなかった頃のノーダメージな状態には生涯戻れないのだと、私自身未経産人間ながら理解しています。

乳房炎、蹄病、代謝障害、繁殖障害など、ほとんどの病気は未経産牛や初産牛よりも経産牛で圧倒的に多いのは皆さんご存知の通りです。
そして経産牛の中でも、分娩前後に病気が増えることもまた周知の事実です。
しかし分娩に関する生体の変化を自分の目で見て実感できるのは、「牛が生まれてから年老いるまで全ての時期」に、「内科・外科・繁殖といったあらゆる面から、牛のすべてを診る」ことができる、産業動物臨床獣医師という仕事だからこそです。ヒト医療であれば、小児科・産婦人科・内科・外科とそれぞれ違うお医者さんが専門的に手分けして診るはずですが、私たちは全てこの目で見ることができます。分娩という乳牛にとって逃れられない営みが、その身体にどんな負担や変化を与えるのかを、誰もが実感する機会が常にあります。これはすごく貴重なことだと思いませんか。
近年、女性の社会進出とともに、出産・子育てに関する男女間のすれ違いが話題に上がることも多々あります。女性(雌)にとっての出産がどんなことを意味するかを、人間社会のしがらみやエゴは抜きにして、牛たちがごく純粋に教えてくれている気がします。

おわりに

初回から長くなってしまいましたが、今回はこの辺りでおしまいです。
今回はごく簡単な内容で肩の力を抜いてお届けしましたが、もっと専門的で新鮮な話題もこれから共有していけたらと思います。

ここまでお読みくださった皆さま、お付き合いいただきありがとうございました!

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