獣医師の渡邉佳和子です。
“臨床獣医”2026年3月号はご覧になりましたか?
本誌の「Close-up 在来寄生蜂キャメロンコガネコバチを用いたサシバエの生物学的防除」を読んで、最近話題となっている中米での新世界ラセンウジバエ発生や、昨年個人的に勉強した沖縄での不妊虫放飼法によるウリミバエ根絶事例と共通する部分があり興味深かったため、皆さんに共有したい!と思いブログにまとめてみます。
サシバエについて
(引用:https://www.kushiro.pref.hokkaido.lg.jp/ss/nkc/gijyutu/R3/2107tyu.html)

サシバエは雑食性のイエバエとは異なり牛の血液を餌とするため、主に牛舎に生息し、強い痛みを伴う吸血行動によって牛にストレスを与える存在です。夏~秋には牛が皮膚をプルプルと震わせたり、尻尾で身体を叩くストレス行動が頻繁にみられるほか、ストレスによって採食や反芻が妨げられることで乳量の低下など生産性の低下も引き起こします。
サシバエの幼虫は主に堆肥や放牧地の牛糞上に生息し、成虫(北海道では6月上旬~10月ごろまで発生)になると牛の体表に寄生し吸血します。
加えて、サシバエに関して問題なのは、吸血行動を通して様々な病原体を機械的に媒介してしまう点です。中でも国内で牛における家畜伝染病発生数が圧倒的最多である牛伝染性リンパ腫ウイルスの媒介要因となることは、獣医師にとっても非常に悩ましい問題となっています。
ウイルス感染牛の隔離飼育、子孫を牛舎残さないための繁殖管理、衛生対策など農家さんが努力を重ねていてもウイルス感染牛が増え続けている場合、サシバエによる媒介が主な原因であることは十分に考えられます。
ハエは卵→幼虫→蛹→成虫とライフステージが進むにつれて個体数はピラミッド状に減っていくため、全てのステージを合わせた個体数のうち80%は成虫以外と言われています。
そのため、まずはよりライフステージが早い卵~幼虫を駆除し、その後に成虫を駆除することが効率的なハエ駆除方法であると言えます。

↑サシバエ対策について、こちらでもわかりやすく解説されています
害虫防除法について
サシバエを含む害虫防除法は大きく分けて
①耕種的防除:堆肥管理、畜舎清掃→害虫の発生源を減らす
②物理的防除:防虫ネット、粘着板→牛と虫の接触機会を減らす
③化学的防除:殺虫剤、忌避剤
④生物学的防除:害虫の天敵を利用して個体数を抑制する←←今回のポイント!
に分けられます。
特に化学的防除は即効性が高い一方で、同一系統薬剤の反復使用による効果の低下や、搾乳牛における使用制限、作業者の曝露リスクなど使用上で注意すべき点も挙げられます。


化学的防除に使用する殺虫剤の一例。ハエ幼虫を駆除します。
虫で虫を制する方法(1)キャメロンコガネコバチ放飼について
今回”臨床獣医”内で紹介されていたこちらの方法は、上記の分類では④生物学的防除 にあたります。
これは九州大学大学院比較社会文化研究院・共創学部・昆虫科学新産業創生研究センター・松尾和典講師が2018年に国内で初めて確認した在来寄生蜂・キャメロンコガネコバチ(通称:キャメロン)を活用したサシバエの防除法で、こちらの防除事業を展開する株式会社Arthron(アルスロン)は昨年2月に設立されたそうです。
キャメロンは「寄生蜂」と呼ばれる、母蜂が他の昆虫に卵を産みつけ、孵化した幼虫が寄主を食べて成長する「捕食寄生」という生態を持つ蜂で、多くは単独で生活し、ミツバチのように巣を作ることはないだけでなく、ハチの針の役割は産卵に特化しており、人や家畜を刺すこともありません。
また、幼虫は寄主昆虫を餌として成長しますが、成虫になると水や花の蜜などを摂取して生活します。
そしてなんといっても驚くのはその小ささで、体長は2~3mmと非常に小さく、人の目でパッと見ればいるかわからないほどの大きさです。

キャメロンコガネコバチ

左からキャメロン、サシバエの成虫、サシバエの蛹
母キャメロンはサシバエやイエバエの蛹に卵を産みつけ、孵化した幼キャメロンは蛹を食べて成長し、1ヶ月で成虫となります。この過程で寄生されたハエは死亡し、成虫となった次世代母キャメロンはまた新たなハエ蛹に卵を産みつけ…というサイクルとなります。
キャメロンのメス成虫は堆肥のにおいに強く誘因され、堆肥に辿り着くと自ら内部に潜り込んでハエの蛹を探し出し、触角で叩いて生きた蛹であることを確認した上で産卵します。こんなに小さいのにとっても賢く優秀ですね!

実際にデンマークの酪農場で実施された試験では、サシバエの発生期間中に牛1頭あたり100~200匹のキャメロン(が寄生したハエ蛹)を月2回(堆肥舎周辺に)放飼することで、サシバエとイエバエの両方を効果的に抑制できたという報告があります。
また、サシバエ対策として30年以上の利用実績がある欧米諸国において、キャメロンが人や家畜、在来生態系に悪影響を及ぼしたとの報告はこれまでにないそうです。
ラセンウジバエ、ウリミバエについて
この2種類のハエの共通点は、以下に紹介する「不妊虫放飼法」によって一定地域内から根絶された歴史があるという点です。
-ラセンウジバエ
ラセンウジバエは、皮膚ハエウジ症(myiasis)を起こすハエの一種で、クロバエ科オビキンバエ亜科に分類され、さらに
①動物地理学でいう「新世界」(米国南部、メキシコ、中央アメリカ、カリブ海諸島、南米のウルグアイに及ぶ地域)に限局して分布するCochliomyia属
→代表種:新世界ラセンウジバエ(New World screw-wormfly)
②動物地理学でいう「旧世界」(インド、東洋区、オセアニア区など)に限局して分布するChrysomyia属
→代表種:旧世界ラセンウジバエ(Old World screw-worm)
に分類されます。

ラセンウジバエの幼虫

ラセンウジバエの成虫
ラセンウジバエは牛や馬などの温血動物(人も含む)の傷口に産卵し、孵化した幼虫は生きた動物の肉を食べて成長します。その結果、ストレスにより動物は強い苦痛を受け、ひどい場合は死に至るなど畜産業に大きな被害を与えます。
かつてアメリカ南西部を中心に家畜に対して猛威を振るっていた新世界ラセンウジバエは、E.F.ニプリング博士が創始した不妊虫放飼法によって、1961年までにアメリカ南東部全域、1991年にはアメリカ南西部へのハエ侵入元となるメキシコ国内で根絶されました。
しかし、2023年初頭から中米全域で新世界ラセンウジバエの幼虫が大発生しており、2024年11月にはメキシコ南部まで到達し、国境付近では牛、馬、バイソンの貿易港が複数閉鎖され、2025年7月には米農務省がメキシコからの牛の生体輸入一時停止を行うなど、徐々に危機感は強まっています。
また、2025年8月にはエルサルバドルへの旅行から帰国した米国人がラセンウジバエに寄生されていたなど人への被害も確認されています。
-ウリミバエ
ハエ目ミバエ科に分類される、ウリ科の果実に寄生するハエです。雌は果皮下に産卵し、幼虫は果実内を食い進めて成長します。
1919年に八重山群島で確認されて以降、琉球全域に広がり、沖縄からのウリ類(ゴーヤ、カボチャ、マンゴー、パパイヤなど)の出荷は禁止されていましたが、不妊虫放飼法によって1993年までに日本国内から根絶されました。
現在私たちが沖縄以外でも沖縄産の野菜や果物を食べられるのは、このような先人の苦労があってのことだったということです!
宮古島では現在も再侵入防止のため、定期的に不妊蛹放飼を行なっています。



虫で虫を制する方法(2)不妊虫放飼について
簡単にいうと、メスがほぼ一生に一度しか交尾をしないハエに対して、蛹期の放射線照射によって不妊化したオス成虫を定期的に野生オスより多い数だけ空中からばら撒き、野生メスと交尾させ、子孫を残さないことでハエの数を減らしていくという方法です。
詳細な方法が気になる方に向けて、以前この方法について詳しく調べた際に作成したスライドを貼り付けておきます。









今回ご紹介する内容は以上です。
方法の原理は異なりますが、「虫で虫を制する」という点で共通している“キャメロンvsサシバエ”、“不妊ウリミバエvs野生ウリミバエ”という害虫対策に対して、記事を通して興味を持っていただけたら嬉しいです。
私自身は昆虫の専門家でもなんでもありませんが、畜産業に関わるものとして、特にサシバエについては最新情報を追っていきたいと思います。
今回もお読みくださりありがとうございました!


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