ブログを更新しないまま9月が終わりそうなことに気がつき、慌てて文章を作成している獣医師の渡邉佳和子です。
今回は9月の1ヶ月間にわたって展開されたお話をご紹介します。
初診日
稟告「乾乳牛の元気がない」とのことで乾乳牛舎へ。
他の牛たちは放牧地で青草を喰んでいる中、牛舎の中でぐったりと座り込んでいました。
分娩予定日まで残り1ヶ月弱で、写真の通り痩せてしまっています。
診察の結果、左最後肋間周囲〜前方にかけてピング音が聴取され、第四胃左方変位と診断されました。

この日は人手が十分ではなかったので、手術は翌日行うこととしました。
ひとまずつなぎ牛舎に移動させ、補液治療を行います。

手術当日

開腹したところ、明らかにガスの貯留した四胃は確認されませんでした。
特に大きなトラブルもなく、立位右膁部切開術にて四胃を整復・固定し閉腹しました。
この牛は乾乳牛舎には戻さず、分娩までこのままつなぎ牛舎で様子を見ていくことになりました。
初診時→翌日の手術直前にかけての血液検査結果は以下のとおりです。
電解質バランスの大きな崩れは見られませんでしたが、吸収不良性の低Caが確認されました。餌を十分に食べられなかったようで、低血糖+GOT・GGTの増加より、重度のケトーシス状態にも陥ってしまっていることが予想されます。

手術翌日以降は少しずつ活気・食欲ともに回復していき、5日間の抗生剤投与完了とともにその他の治療も終了、様子見としました。
分娩前チェック
私たちがルーティン業務として行なっているものの一つに、おおよそ分娩予定10日前の「分娩前チェック」があります(以下のブログ記事もご参照ください)。
9/27がそのチェック日だったので、産道検査の前に術創の様子を確認しました。

問題なく綺麗にくっついていますね!

肉付きも3週間ほどでだいぶ良くなり、乳房も張っており、分娩に向けた準備段階としてはいい感じです。
ところが、産道に手を入れたところ…「もう胎子が産道に入ってきてる!」
通常は分娩予定10日前というと、子宮頚管は広くても2指分程度しか開大しておらず、胎子は直腸検査で妊角内に触れるものですが、なんとこのタイミングですでにお産の途中、頚管から膣に向かって胎子の両前肢と頭が抜けてきているところだったのです。
胎子の蹄の間を優しく触ると、まだ破けていない胎膜を確認できました。
破水しておらず、胎子の肩まではまだ膣内に出てきていない=まだ介助すべきタイミングではありません。
上の写真の通り、母牛がいきんでいる様子ははっきり確認できず、Ca不足による陣痛微弱が考えられます。
このままだと分娩に時間がかかる難産となり胎子の命が保たない可能性や、分娩途中で母牛が起立不能になってしまうことも危惧されるので、カルシウム製剤500mlを1本ずつ静注・皮下注しました。治療後15分程度で再び産道に手を入れてみると、治療前とは異なり風船状に膨らんだ胎膜が膣内に触れました。
その後、牛舎を離れてから2時間ほど後に従業員の方から送られてきたのが以下の写真です。
胎胞が外陰部から出てきています!Caの効果が発揮され、どんどんお産が進んでいるようです。

その後数時間で、無事に生きたオス子牛が産まれたとの報告がありました。
ひとまず安心です。
Ca投与前の血液検査結果Caは9.5mg/Lと、予想通り分娩前からすでに低Ca状態に傾いていたことがわかりました。
分娩翌日
無事生まれたとはいえ、分娩予定から1週間も早く産まれてしまった子牛ちゃん。
「初乳を産まれてすぐには飲めず、今朝3リットル弱飲んだ。補助しないと立てない」とのことです。
子牛の初乳給与の目安として、産まれてから12時間以内に、できるだけ早く、3リットル以上飲ませることが広く推奨されています。
今朝の段階では産まれてから12時間は過ぎてしまっており、さらに3リットルは飲みきれていなかったことから、前提として初乳摂取不足であることがわかります。

到着してすぐにハッチを覗くと、ぐったりと首を曲げて寝ている様子でした。
立たせてみても、下半身を持ち上げるだけでは前に崩れてしまって立てないような弱々しさです。
熱発、不整脈、肺炎、腸炎、臍帯炎などはなく、吸乳反射もそこそこ、足や耳も温かいので、抗生剤や解熱剤が必要な状況ではなさそうでしたが…

少し時間を置くとまたぐったりと寝ている様子。
早産で諸臓器が成熟しきっていないまま産まれてきてしまったこと、初乳をきちんと飲めなかったことが大きな原因と考えられます。
このままでは心配なので、ビタミンB1とビタミンE・セレン合剤の注射に加え、アミノ酸製剤+ブドウ糖+肝機能改善薬の点滴治療を行いました。
治療前の血液検査結果は以下のとおりです。

GGTが初乳を十分に飲めたとは言えない値であることが確認されました。
赤血球とヘマトクリットから、軽度な脱水も予想されます。
そして約1時間後、牛舎を離れる前に様子を見にいくと…

自分で立っていました!
頭を重たそうにもたげており、決して活気があるとは言えない様子ではありますが、補助なしで立てたことは大きな進歩です。点滴してよかった…
母牛はというと、綺麗に胎盤は落ち、しっかりと起立して餌をよく食べていました。
ただし血液検査の結果、分娩前に多めに投与したCaは9.3mg/L、さらに血糖値は53mg/dLと見た目の元気さに反してやや心配の残る結果となりました。
乾乳期〜分娩直前にかけて餌を十分に食べられない時期があったことなど、通常通りの経過ではなかったことも加味して、念の為の治療をしてきたらよかったなあと検査結果を前に反省中です。
さて、この親子の様子は明日以降も見ていきます。
何か変わったことがあればまたご報告します!
今回もお読みくださりありがとうございました。
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