餌がカビると何が起こる?

こんにちは!獣医師の渡邉佳和子です。
今回は、「最近下痢をする牛がいっぺんに出ている」という農家さんのお話から始まった一連の流れについてまとめてみようと思います。

農家さんにお話を伺うと、「何日か前から、下痢をする牛が群内のあちこちで出ている」「数ヶ月前からグラスサイレージの一部がカビているというのが主な懸念点のようでした。

実際の牛を拝見したところ、下痢のレベルを5段階でいうと3.5/5ぐらいの、泥状のドボドボとした軟便で、血便ではありませんでした。牛も脱水症状や食欲不振が目立つわけではなく、他の牛と同じように過ごしているようで、急性〜甚急性を示唆するような腸炎に伴う症状はこれといってみられませんでした。

農家さんのお話から気になるのは、やはり「カビ」です。

カビについて

カビ中毒の症状について軽くおさらいしてみますと…

共通症状:採食後24時間ほどで、突発性の悪臭の強い不消化下痢&食欲減退、初期の発熱

重症の場合:食欲廃絶、出血性下痢症、脱水、疝痛、右側腹囲膨満、右下膁部の拍水音とガス音
→消化性低カルシウム血症に陥ると低体温、低皮温、ルーメン運動減退、起立不能

血液変化:
消化管運動障害によるもの→低リン血症を伴わない血清カルシウムの低下(8mg/dl 以下)、血液濃縮、白血球増加、高血糖、低クロール血症、HCO3-の増加に伴う代謝性アルカローシス
肝臓機能低下によるもの→血清GOTとGGTの上昇

こんな感じです。(参考文献:新版 牛の臨床)
農家さんのご相談を受けた時点で、初期の発熱や急性の消化管運動障害といった段階ではなさそうでしたが、カビ影響を受けている場合は肝機能が持続的に低下している可能性が高いことから、特に下痢症状が目立つ牛11頭について血液検査を行ってみることにしました。

その結果を簡単にまとめたグラフがこちら↓

GOTとGGTのいずれか、または両方が基準値範囲を上回る(グラフに色を塗った範囲に該当する)牛が多くいたことがわかります。

また、赤血球とヘマトクリットのいずれか、または両方が基準値範囲を下回り、貧血傾向を示す(グラフに色を塗った範囲に該当する)牛も多くみられました。

はっきりとした下痢の原因は言い切れませんが、肝臓機能低下を示す血液検査結果が得られたことから、カビたグラスサイレージが牛群全体に慢性的な下痢症状を引き起こしている可能性が高いことをお伝えすることができました。

さらに、グラスサイレージの質の低下を示唆するもう一つのヒントが、牛群検定結果から見えてきました。

グラフ右端、今年の6-8月に該当する部分をご覧ください。
MUN(乳中窒素)が急増し、それに伴うように乳蛋白質率が低下していることが読み取れます。つまり、牛たちがどんな状況に陥っているかというと…

この図のように、ルーメン内では
①微生物が分解性蛋白質をアンモニアに作り変え
②糖・デンプンを利用してアンモニアを微生物自身の蛋白質に作り変え
③微生物自身が乳蛋白のもととなる
という流れが存在しています。

MUNが増加している
=ルーメン内で微生物がアンモニアを使いきれず過剰になっている
=微生物がアンモニアを使うために必要な糖・デンプンが足りていない
 or蛋白質の過剰摂取でアンモニアが余っている

ここに
「乳蛋白率が低下している」ということも加えて考えると、

乳蛋白が少ない
=乳蛋白のもととなる微生物由来の蛋白質(微生物自身)が足りていない
=アンモニアが余るほど蛋白質は十分に摂取できているが、微生物由来の蛋白質に作り変えるために必要な糖・デンプンが足りていない

このように、牛群が急なエネルギー不足に傾いていることが推測されます。
ここでいう糖・デンプン、つまり炭水化物とは、牛の餌に置き換えると乾草・グラスサイレージなどの粗飼料あるいは濃厚飼料です。

ということは…グラスサイレージがカビている=粗飼料の質が落ちている=エネルギーとして利用しきれず、蛋白質を効率的に分解・吸収できていない=高MUN・低乳蛋白に陥っている!という関係が見えてきます。

また、少し別の話ではありますが、この牧場では夏に入ってから、分娩から数週間が過ぎた頃に低カルシウムを伴わない起立不能牛が複数発生しています。
調べたところ、特に分娩後1ヶ月程度が経過した高泌乳牛では、分娩直後から負のエネルギーバランス状態が続くことで、神経細胞に続いて筋細胞が萎縮してしまう神経原性筋萎縮がじわじわと起こり、ある日突然立てなくなってしまうというケースが少なくないようでした。

このことからも、牛が摂取している蛋白質量は十分であるにもかかわらず、エネルギー不足により蛋白質を活用しきれず、アミノ酸の吸収量が不足しているということも予想されます。

「グラスサイレージがカビている」という農家さんのお話をもとに、初めの問題点であった「下痢の集団発生」は、農場内でみられる複数の問題と関連がありそうなことがわかってきました。

まとめ

私たちは飼料設計には関わっていないため、飼料に関して無責任にあれこれと提案することは憚られますが、やはり食べるものは牛群に関する全ての事柄と繋がっていることが実感できる出来事となりました。

牛たちの便の状態については、引き続き注意深く見守っていこうと思います。
いつも検査などご協力くださる農家の皆様に感謝申し上げます。

ここまでお読みくださりありがとうございました!

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