血液検査結果だけに惑わされない治療

こんにちは!獣医師の渡邉です。

今回は血液検査の大切さと、血液検査結果に固執しすぎないことの大切さの両方について、実際の症例をもとに考えてみたいと思います。

症例は8歳、5産目を迎えるホルスタイン種♀です。
こちらの農場では、分娩50日前・10日前・分娩時にスタートバック(乳房炎ワクチン)の接種と併せて、血液検査+全身状態のチェック+産道・胎子チェック(←10日前・分娩時のみ)を行っています。

分娩10日前の牛の様子はこんな感じでした。

左側
右側

元々他の牛に比べて背が低く、体型に特徴のある牛です。

この時気になった点としては、左膁部が大きく陥凹しており、ルーメン内容が充実していないことが読み取れることでした。その他、起立や食いつきに問題はありませんでした。

血液検査結果は、分娩50日前に行ったものと比較すると以下の通りです。

分娩前にも関わらず、カルシウムが40日間で明らかに低くなってしまっています。
見た目には明らかな低Ca所見は認められませんでしたが、なんとなく疲れた高齢牛らしい外貌と比較してみるとあまり違和感はありません。

たまにこのような牛が散見されますが、高産次・高齢牛に多く、周産期の状態が不安定になってしまうことが心配される印象があります。

見た目にはわからなくても、分娩前からカルシウムが体内で不足傾向にあることを念頭に置いておけば、分娩後の対応における意識も変わってきますね。これが分娩前血液検査のポイントの1つだと思います。

一方、ルーメンがかなり小さいことに反して、ほとんどの牛では分娩に向けて段階的に急減してしまうことの多いコレステロールの値は基準値内で比較的安定しており、栄養状態に大きく異常は見られませんでした。

こちらは見た目にわかることと血液検査結果があまり一致しなかった良い例となります。
こんなにルーメンが小さいから、きっと既にコレステロールはドンと下がっているはず…という予想は外れてしまいました。

そして分娩予定とほぼ同じ日の夕方に、「問題なく分娩しました」との畜主さんからの報告を頂けました。翌日早速、血液検査と産道チェックです。気になるのはやはりカルシウムが大きく下がってしまっているのではないかという点です。

産道チェックの結果、外陰部に小さな傷と鬱血の痕が見られた以外、傷や残された胎子等は確認されませんでした。

ただし分娩後12時間ほどが経過しているにも関わらず、胎盤の大半が子宮の深部まで残っており、頚管は手首まで入るほど開大したままでした。子宮の回復が遅かったり、胎盤停滞がみられる場合、血中カルシウムが低いことが予想されます。

健常な牛の場合は、分娩後12時間も経てば頚管は3〜4指分まで閉じてきて、胎盤が落ちた後に透明な粘液を排出します。

また、耳や体表は冷たくはなく、起立を促せばどっこいしょと時間をかけて立てる程度。重度の乳熱である可能性は低いと考えられました。

ここで私が気になったのは、
①乾草や配合飼料への食いつきが弱くぼんやりした様子であること

②数分後に様子を見に行くと既に座ってしまっており、起立時間が短いこと

③心拍数120/分、呼吸数48/分(腹式呼吸)と心肺機能がしんどそうなこと

④両後肢を時折踏みかえ、ややふらつきながら起立姿勢を維持していること の4点でした。(写真や動画は撮り損ねてしまいました…)

以上のポイントと年齢・産次数を踏まえ、グルカ注20%(500ml,共立製薬)を2本皮下注射することにしました。
カルシウム不足で子宮回復が遅い牛の場合、皮下注射をして数時間で胎盤が綺麗に自然落下することも多いのですが、今回は当てはまらず、分娩3日後には自然に落ちていました。

では、分娩時の血液(特にカルシウム)がどんな状態だったかというと…

私の予想(Ca:8.0〜8.5 mg/dLぐらい)に反して、カルシウムは基準値には届かないものの、積極的な治療を必要としない(普段であれば、治療したとしても皮下注射1本ぐらいに相当)ぐらい十分にあったことがわかり拍子抜けする結果となりました。

その翌日からは畜主さんからの診療依頼もなかったため、「あまり餌を食べられていないしルーメンも小さいままだけど、確かにカルシウムや血糖値は十分にあったし、きっと大丈夫かな…」と数日間様子をみていました。この間、心拍数・呼吸数が高い様子は変わっていませんでした。

反芻計の測定結果をもとに、1日毎の採食量が棒グラフ化されたものをご覧ください。上の折れ線は牛群の平均値を示します。

グラフを見ると、牛群平均値と比較しても分娩時から採食量は十分とは言えません。
特に5日後〜7日後にかけて右肩下がりとなってしまっており、エラーサイン(赤)も出ています。エラーサインが出た翌日、分娩9日後の牛の様子はこんな感じでした。


乾草や配合に見向きもせず、立ち姿からもしんどそうな様子が伝わります。
餌を十分に食べられていないにも関わらず、乳房が大きくかなり良く張っていたことから、摂取エネルギーが乳生産に必要とするエネルギーに追いついていないことが予想されます。

この日も診療依頼はありませんでしたし、分娩時の血液検査結果「だけ」を見れば特に懸念点のない牛にも見えますが、それよりも大切なのは目の前の牛がどんな状態かということです。

分娩時に確認された心拍数・呼吸数が上昇している様子は変わらず、座っている時からお腹を大きく動かして呼吸していました。また、左右ともテーピングされた後肢を痛々しく踏みかえながらなんとか起立している様子や、何よりほとんど餌に食いつかない様子から、カルシウムをはじめとした乳生産に必要な様々な栄養やエネルギーが「血液検査では足りているように見えても、牛自身にとっては足りていない」ことが考えられます。

これらのことからこの牛にとっては、泌乳初期を支えてあげるための治療が必要であると判断し、畜主さんにご相談の上、輸液治療を開始することにしました。
(このとき、「実は朝搾りすぎてしまったので、カルシウムが低くなっているかもしれない」との稟告をいただきました)

カルシウムや糖を含む、合計8.5Lの輸液治療(静脈注射)+脚の痛みに対してフルニキシン製剤の筋肉注射をしたところ…


輸液の終盤には自ら餌に食いつく様子が見られました!効果てきめんです。
明らかに起立困難な乳熱に対してカルシウム製剤を静脈注射したときぐらいしか感じられなかった、「輸液治療って効くんだなあ」という感想を久しぶりに抱いたのでした。

治療前日にエラーサインが出ていた採食量も、治療した日には少し上向きになっていましたが十分な量とは言えず、ここで安心はできないので、数日間は治療を継続する予定となりました。

牛の様子をみつつ、最終的に7日間の輸液治療を行いました。
上のグラフの通り、途中再び採食不良に陥ってしまいましたが、根気よく治療を続けたところ、牛群平均と比較すると十分ではありませんが食いつき・ルーメン運動の改善とともに採食量が安定してきたため、治療を終了することとなりました。

今回紹介したこちらの牛の検査結果と治療経過から、「血液検査の結果は良くも悪くも見た目/牛の状態と一致しないことがある」ということを自分自身再確認し、皆様にもお伝えできる良い例となったので取り上げてみました。

私たちは民間の団体であることを強みに、必要であれば惜しまず検査をすることをポリシーの1つとして活動していますが、時にはその検査結果に惑わされたり悩まされたりすることもしばしばです。「大事なことは机上で検査結果だけを読んで状況を判断することではなく、実際の牛がどんな状態でいるかを肌で感じ取ることである」という代表の教えをいつも忘れず、日々の診療に効果的に検査を取り入れるよう意識しています。

今回もお読みくださりありがとうございました!

コメント

PAGE TOP